-
アグロ事業部 営業部 大阪営業所
技術マネージャー森田 耕一
PROJECT01
「止めたら終わり」
30年先の未来で花開いた
汗と想いの結晶
2017年2月21日、住友化学は一枚のプレスリリースを発表した。表題は、「除草剤フルミオキサジンの開発」で第63回「大河内記念生産特賞」を受賞。30年以上も前に研究開発がスタートした製品の名前だった。「大河内賞」とは、国内の生産工学、生産技術、生産システムの研究ならびに実施等において、学術の進歩と産業の発展に大きく貢献した業績に対し、公益財団法人大河内記念会より表彰される賞のことだ。なかでも「大河内記念生産特賞」は、特にめざましい業績をあげた事業体に授与される。
受賞の知らせを受けた森田は素直に「驚いた」という。「なぜ30年経った今、受賞なのか?」そんな疑問も頭をもたげた。1982年に入社した森田が最初に取り組んだ製品開発が、「大豆用除草剤フルミオキサジン」だった。1980年代初頭、当時の住友化学では除草剤のラインナップ充実が課題とされていた。世界的に農業の発展が叫ばれるなか、国内需要のみならず、北米を中心としたグローバル市場で展開できる除草剤をつくりたい。それは当時の経営陣や開発陣にとって、悲願ともいえるテーマだった。森田はこうした機運が高まっているなか入社した。そして多くの仲間とともに約6年、「海外で売れる除草剤」をめざし、ひたすらスクリーニングを繰り返したという。
森田たち研究開発陣の、血のにじむような努力と想いの結晶が「フルミオキサジン」だ。特性は、優れた除草活性に加え、植物界に広く存在するクロロフィルの生合成に関わるタンパク質を標的にし、拮抗的に阻害することから低感受性の雑草が発生しにくいところ。また、土壌への低移行性や短い半減期から、土壌蓄積や後作作物への影響をより小さく抑えることを可能とした製品だ。とはいえ、今でこそ主力製品である「フルミオキサジン」も順風満帆に成長してきたわけではない。
創薬は開発そのものだけでなく、催奇形性毒性や環境毒性などさまざまな指標のクリアが課せられる。膨大な時間と手間を経て、「フルミオキサジン」がはじめて上市されたのは1993年。アルゼンチンでのことだった。森田たちはアルゼンチンを拠点としたグローバル展開に夢を膨らませた。しかし、その躍進はGMO(Genetically Modified Organisms:遺伝子組み換え作物)の登場で一時頓挫する。もともと除草剤のグローバル市場は、住友化学のほか、数多くの大手企業が参入している激戦区だ。そこに「除草剤に耐えられる性質」と「害虫を寄せつけない」作物の登場は、世界中の農業に革新をもたらした。森田は、伸び悩むグローバル市場での業績や、めまぐるしく変化する時代のなかで、幾度となく開発の「遂行」か「撤退」の選択を迫られてきた。
「フルミオキサジンは、もう潮時ではないのか?」
「それは、このプロジェクトを止めるということですか?
止めるというのなら、このプロジェクトに関わっているメンバーにきちんと代替案を示すべきでしょう!」
日を追うごとに、撤退を考えはじめた経営陣と、さらなる発展を模索する研究開発、製造、営業などのプロジェクトメンバーとの間で熾烈な論争が繰り広げられた。そんな、不安と熱意のはざまで揺れていた2010年。住友化学は、GMOを代表する企業の一つである米国モンサント社と長期的な協力関係を結ぶ。米国モンサント社には除草剤「Roundup が存在していたが、カバーしきれていなかった抵抗性雑草の防除に「フルミオキサジン」が有効であると証明され、成分に組み込まれることになったのだ。この米国モンサント社製品との補完関係により、危機に瀕した「フルミオキサジン」は息を吹き返した。森田は当時の大分工場長との会話を鮮明に覚えている。
「当時の大分工場長は私に、『フルミオキサジンで大分の雇用を守る』と言ったのです。国内製造よりも人的コストが安い海外製造のほうが、経営メリットが高いことは周知の事実。しかし、フルミオキサジンは今も国内での製造にこだわっています。大分工場には、他社が真似をしようにも、そう簡単に再現できない高レベルの製造設備や知見がそろっています。こうした製造部門の譲れないプライドがあるからこそ、多くの人が汗を流し、タフなネゴシエーションを超えて米国モンサント社との提携を実現させられたのだと思っています」。
化学分野において、米国モンサント社とドイツ・バイエル社、米国デュポン社と米国ダウケミカル社など、グローバルな「メガ再編」が進められた2017年。米国モンサント社との補完関係による住友化学の発展は、メジャー企業との良い意味での棲み分けとなり、独自の強さを印象づける結果となった。
「フルミオキサジン」は米国モンサント社との提携以降、順調にシェアを広げている。2012年に大分工場内に製造設備を1系列増強してからは、さらに売上げアップ。今日、「フルミオキサジン」関連製品の世界での売上高は年間数百億円規模にのぼっている。現在の市場の中心は北米だが、今後は北米以外でも販売を強化していく(→現在は北米以外での販売も強化している)。住友化学は「フルミオキサジン」の成功に糸口を得て、メジャー企業との提携戦略を強化してきた。一方で、提携戦略の要となる相手企業にとって魅力的な「独自性のある製品を生み出す開発力」の向上にも心血を注いでいる。
「住友化学には、私たちが30年間培ってきた『化合物ライブラリー』があります。眠っている化合物も使いながら、新しい技術や製品をどう生み出していくか。それが若い世代の課題になるでしょう。提携戦略は、相手企業へ『鮮度』を提供し続けられるかどうかが勝負分かれ目。豊かな感性で過去の知見を生かし、ぜひ新しい時代を切り拓いてもらいたいですね」
「大河内賞」の受賞の報を受け、森田は既に定年退職したかつての上司や先輩から連絡を受けたという。新人時代の森田を支えてくれた人たちだ。「同窓会をしよう」という声もあがった。
「大河内賞を受賞できたのは、研究開発の人間だけではなく、製造や営業などフルミオキサジンに関わってきた数え切れないほどの人の「想い」が認められたからだととらえています。大河内賞は、個人の技術ではなく事業全体の社会貢献度が評価され、授与される賞。その意味では、研究開発よりもむしろ、それ以降のプロセスに携わる多くの人の汗と想いが認められたのだと私は感じています。
また、私自身は20代のすべてをフルミオキサジンに捧げてきただけに、青春時代のまとめができたような気持ちでいっぱいです。フルミオキサジンの開発は、何度もプロジェクト解体の危機に直面しました。ですがそのたびに踏ん張り、乗り越え、次の世代に“止めたらそこで終わり”という希望と教訓が残せたことを誇りに思います。この先、住友化学という自由な社風のなかで、過去の私たちの知見を若い人たちがどう使いこなし、新しいものを生み出していくのか。本当に楽しみです」。