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キャリア対談
「技術系×事務系」

Career conversation
25
Years

高倉 靖
化成品事業部 マーケティング部 部長
(取材当時)

北山 威夫
技術・経営企画室 部長
(現 技術・研究企画)

be WORLD CORE その志が、世界の芯になる

Takakura

高倉 靖
化成品事業部
マーケティング部 部長
(取材当時)

Kitayama

北山 威夫
技術・経営企画室 部長
(現 技術・研究企画)


キャリア対談 「技術系×事務系」

入社して四半世紀。二人の部長が語る。
それぞれの仕事、それぞれの住友化学。

ふたりの住友化学のキャリアがスタート

高倉北山はボクより1年後の入社だね。

北山そう90年入社、まだバブルの最中だった。今の学生と違って、なんとなく教授の奨めに従って住友化学に入社した訳だけど、結果的には感謝している。ボクの性格とかを観察して、「北山なら住友化学かな」と見抜いてくれたと思う。高倉は、最初人事だったよね。

高倉営業志望だったけど、配属は、大分工場の勤労課。最初のまとまった仕事がプラント・オペーレーターの採用。製造部門をまわり、「こんな人材が欲しい」というのをまとめて、その対応として入社問題はこんな風にしよう、こういう面接にしようというのを検討して、採用を一から組み立てていく仕事。当時は辛かった思いしかなかったが、今から考えると面白かった。北山は、高槻の研究所だったよね。

北山樹脂加工技術の研究開発。樹脂を販売する際に、成形方法まで住友化学が開発して提供してた。自動車業界や家電業界で部品を樹脂化しようという流れがあったけど、特に大型製品に関しては完全に有効な加工技術がなかったので住友化学でやろうという感じだった。

高倉ライセンスもしていたのでは?

北山国内外の自動車部品関連会社に多くライセンスしていた。入社当時は学生時代に学んだ化学とは遠い世界だったので、いまひとつ馴染めなかったけど、そのうちに自分が考案した金型デザインや成形条件で樹脂化された部品が量産車に乗って、街を走るようになると俄然仕事が面白くなってくる。高倉は、すぐに本社だったよな。

高倉入社4年目かな。本社に異動になるというので営業だと思ったら、また人事。でも、採用は採用で面白かった。ちょうど、ポストバブルで量の採用から質の採用への転換期、どうすれば少数で質の高い人材を集められるかに知恵を絞った。勉強することもたくさんあったし、営業志望だったけど、よく考えたら、採用は学生がお客さんで、研修は社員がお客さん、人事も営業も余り変わらなかった。

営業へ、海外へ、それぞれ次のステップへ

北山高倉、営業行ったのはいつ頃だっけ?

高倉1995年1月、赴任したのが阪神大震災の日。今日から営業だという日に早朝グラグラ来て、起きて会社に行こうとしたら電車が止まっていた。それでもなんとか出社したら、営業のフロアで電話が鳴りまくっている。お客さんからの「納品大丈夫か?」という電話に、営業初日のわたしが一人で対応していた。

北山何を売ってた?

高倉わかり易いところでいうと硫酸、硝酸、塩酸、そういうバルクの工業薬品。主に西日本に。関東はそうでもないけど、西日本のお客さんは中小のオーナー会社がほとんど。後に東京で営業を経験したけど、東京はサラリーマン相手の営業。どれだけロジックが通ってるかが勝負になる。西日本では、どれだけ深い付き合いができるかが決め手。通う、付き合う、理屈が通らない要求にも、まずなにができるか考えてみよう、みたいな。

北山厳しいね。

高倉いいところもある。自分が辛いときには理屈抜きでお客さんが助けてくれる。一旦、関係ができると親身になってくれる。ところでアメリカに行ったのは2001年?

北山そう、入社10年目。皮肉なことに、それまで海外に出してくれって上司に訴え続けたけど実現しそうにないから、じゃあドクターでも取るかと大学の社会人ドクターコースに通いはじめた。そしたら、アメリカに行けと。ドクターを諦めてアメリカ赴任しようと思っていたら、自分が知らないうちに、上司が大学と交渉してくれて、ミシガンステート大で指導を受けられるように段取りつけてくれた。優しい会社です。

高倉優しいなあ。今でも覚えているのは、当時、北山にメールしたら、ドクター北山と呼べと。だから、携帯の登録は北山教授になってる。(笑)

北山そんなこと言ってた?

北山、アメリカでプロジェクトマネージャーとして活躍

高倉アメリカで工場建てたよね。

北山アトランタにエアバッグ用の樹脂をつくるプラントを建てた。5億円のプロジェクトなので、住友化学としては小さい案件だったけど、それでもプロジェクトマネージャー。ボクにプロマネ任せるか、なかなか大胆な会社だなと。ドクターになるための実験や論文作成をしながら、全米のベンチャーや大学を訪問して次世代ビジネスのシーズを探しながら、プロマネ。エンジニアリングデザインなんて、何にも分からないし、大気、水質、騒音や廃棄物の法規制も知らない。同期のエンジニアに助けられながら、設計、品質管理、法規制に関する折衝までやっていた。

高倉住友化学は大胆ですねえ。

北山いろいろあったけど、無事、竣工して樹脂が初出荷されたときは嬉しかった。それよりもっと嬉しかったのは、社内のお世話になった先輩プロマネから「これで北山もプロジェクト屋だね」というメールをもらったこと。プロジェクトひとつこなすと、“プロジェクト屋”と呼ばれて、これが社内のエンジニアリング部門では結構リスペクトされるらしい。

高倉日本から見ても、北山頑張ってるなあという感じがした。

北山最初は辛かった。法規制とか品質管理に関しては、いろいろ厳しい難題を押しつけられるし。でも、唯々諾々と言うことを聞かないで、ちゃんとロジック持って反論すると、これを聞く耳持っているのよ、アメリカという国は。それで、そこから交渉がはじまる。

高倉惻隠の情というのはアメリカにはないわけ?

北山ないと思う。主張しなきゃものごとがはじまらない。ボクが選ばれたわけが分かるような気がする。日本でエンジニアリング経験した人間なら、最初に提示された案を全部飲んだだろね。ボクは素人だから、納得できないことは全部反論する。

高倉北山に目をつけた上の人の器量が凄い。

北山そこまで見極めたかどうかは知らないけど、北山ならなんとかする、とは見てくれていたんだろう。

高倉、日本最大のアンモニアバイヤーに

北山ボクがアメリカで走り回ってる間に、高倉は東京。

高倉そう2004年、40歳で東京はきついなと正直思っていた。同時に、いつかは経験しなきゃいけないだろな、とも。

北山東京はどうだった?

高倉さっきも言ったように、完璧にサラリーマンの世界。ちゃんとロジック立てて説得しなきゃ駄目。「とにかくよろしくお願いします」じゃ通用しない。先方の担当者も社内の上司を説得しなきゃいけないから、そのときにロジック通ってないとまずいわけ。

北山で、何を売ってた?

高倉実は買うのと売るのを両方やった。アンモニアを買って、それを加工してカプロラクタムというナイロン繊維の原料にして売る。当時、うちは日本で最大のアンモニアのバイヤーで何十万トンと買ってた。国内から買うのが中心だったが、市況が高くなれば海外から買う量を増やしていく。その時々の需給や市況に応じて国内と海外を上手に組み合わせて安く買うことに腐心した。もちろん安定供給責任を果たすことが第一なんだけど。

北山部長になったのはその少し後だっけ?

高倉2009年、ちょうど団塊の世代がごそっと抜けたタイミングで。北山は?

北山2010年。研究にもっと活気を持たせてこいと言われて、研究所に赴任した。結局1年9か月だったけど、みんなと議論してテーマをどんどん変えていった。刺激の仕方でいろいろ出てくるから楽しかった。高倉は、その頃異動したよね。

高倉2012年に異動。それまでバルク一辺倒だったのが、一気にファイン分野に。タイヤなどに使う接着剤「レゾルシン」事業の黒字化を命ぜられた。

北山見事黒字になったねえ。

高倉基本に立ち返って、市場を精査して、ユーザーにコンタクトするという地味な活動を続けた。為替が好転したり、競合他社が生産を止めたり、外部環境の影響も大きかったんだけどね。

北山ファインはボクも関係してる分野なので、高倉のこと気にはしてた。

高倉世界的にクルマの需要が伸びているのも大きい。クルマが売れると、タイヤも売れる。

研究と営業、それぞれの視点から見た住友化学

北山最近になって、やっとお互い仕事の話しするようになったね。

高倉ほんと。営業と研究でまったく違う環境だったのが、ある程度会社全体が見通せるようになって来て、住友化学全体という共通の話題が出来た。

北山高倉のところは今後、どうする?

高倉タイヤ向けを含めた需要はまだまだ増えるので、「レゾルシン」はもっとビジネスを大きくしたい。あと、樹脂の劣化を防ぐユニークな添加剤「スミライザー®Gシリーズ」があるんだけど、この事業をもっと発展させて伸ばしたい。今までは、高機能だけど高価すぎるというのがネックだったのは北山も知っての通り。でも、それを解決する糸口をつかみつつあるし。

北山行けそう?

高倉行きたい。まずは、あれやこれや既存品で頑張る。それでダメならマーケットが求めている機能を徹底的に掘り下げて、新しい剤を研究と一緒に開発していくなどして飛躍の可能性を追求したい。このマーケットは今後も確実に伸びていくしね。北山は?

北山今までは、競合というと国内の化学メーカー中心にしか見てなかった。でも、これからは世界を視野に入れて闘う時代なので、海外の化学メーカーの動きを知って、さらに次の一手を読むことが必要。とりあえずは、ボクは研究、とくに新しい事業を創出するためのイノベーションを起こすというミッションがあるので、研究者の意識を変えていこうと思ってる。

高倉そんなの簡単にできるの?

北山簡単じゃない。でも、若い人、とくにこれから入ってくる若い社員には大いに期待している。いろんな意味でフレッシュな訳だから、若い社員から意識を変えて、住友化学全体を変える。チャンス与えたら、若い人は応えてくれるよ、アメリカでボクができたみたいに。それと、研究のときに学んだことだけど、議論を重ねて、最後まで考え抜いたらイノベーションが生まれると思っている。

高倉上の人はよく見てるね。北山みたいに、ほんとは手元に置きたいけど、その人間の将来考えて、外に出すという英断をする。

北山面白い会社。派閥もないし、チャンスは平等に与えてくれる。失敗しても、おとがめはない。

高倉ないね。単純に業績上げたから、その人間を上げるというのもないね。単なる結果よりも、結果を出す過程、あるいは出なくても、出そうと頑張った過程をちゃんと評価してくれる。自分も部下をそのように見るように気を付けてる。

北山高倉は営業として、こだわってるところあるの?

高倉やっぱり住友の営業の要旨かな。「信用を重んじ確実を旨とし、いやしくも浮利にはしり軽進すべからず」。ここから外れるようなことはしない。北山は?

北山化学的根拠のないものは売らないという姿勢。厳し過ぎるくらい安全性を重んじるところかな。

高倉そういう意味では営業も研究も堅い会社かも。しかしお互い25年、あっという間だったね。

北山これまで好きなことやって来たけど、これからは若い人のために好きなことできる環境を受け継いで、さらに広げていきたいね。

高倉若い人には期待したいね。じゃあ、飲みに行こうか。

北山行きましょうか。第二部はそこで。


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